第5章 避難


ヨットへ戻るとランチの準備ができていた。

「いつ戻って来たの」と僕を見つけてキャスリンが怒っている。
「みんな心配して探し回ったの、見つからないから溺れたと思って、
沿岸警備隊に捜索を依頼したとこなの」と涙ぐみながら言われてしまった。
僕は反論できずに「ごめん、ごめん、心配かけたね」と謝った。
「あなた、今のサイレン知らないの、この海岸にサメが現れたってみんな砂浜に上がって非難していたのよ。」

サメが出没した警報だった。この海岸には、たまにサメがでるらしい。
しかし、サメも 空腹でないと襲ってはきたりしない。

「実は、僕は、・・・・・」と溺れかけたことを話した。
ケニーも何より無事であったことを喜んでくれた。

ランチも豪華だ。
食事をしながら、ケニーが言ってきた。「良ければ、今夜はホテルに泊まっていってください。」

ランチタイムが終わって港に戻ることにした。
まもくヨットハーバーに着いた。ここには沢山のヨットが繋留されていた。

シーゲート号と比べると、ひとまわり以上小さい。

岸壁に上がると迎えの車が待っていた。「どうぞ御乗りください。」と言われてドアを開けてくれた。
車内は豪華な装備でテーブルまでついている。テレビ付のリムジンだ。
僕はレザーのシートに腰を下ろし、ケニーが挿してくれた。ブランデーを飲みながらホテルに向かった。

ホテル玄関前についた僕たちを、迎えでたドアマンはワインカラーの征服をビシッと着こなした大柄な紳士だ。

「お帰りなさい」と声をかけてきた。

大きな玄関を入ると、これ以上豪華絢爛な内部は見たことが無い。
最上階まで吹き抜けの天井からは、大きくキラキラと輝くシャンデリアが一階の天井近くまで下がっていた。
壁も柱も大理石で、床はふかふかの絨毯張りであった。廻りには彫刻の像と絵画が飾りつけられていた。

ロビーには人種も様々なホテル利用客が、沢山いた。
社長を見つけたボーイが近づいてきて「お帰りなさい、お疲れでしょう。」と言いながらエレベータホールへ案内してくれた。
昇っていく途中ガラス張りのエレベータからはヨットハーバーと海が一望できた。
最上階に着くと社長が「どうぞ、この部屋をお使いください。」とドアを開けてくれた。
思った通りスイートルームだった。
僕ひとりで使うには広すぎて、贅沢だった。 僕の躊躇する様子を察して「まあ、どうぞ」と言ってきた。
「あとで、お呼びします。いっしょに室内プールでひと泳ぎしましょう。」と言い残してとなりの部屋へ入っていった。

部屋の中は更に3室に別れていてどの室からもプール付のバルコニーに出入り出来るようになっていた。
さっそく出てみると、日が沈みかけて道路沿いのやしの木がオレンジ色に輝いていた。
水平線のほうは、まだ日が当たり青とも紫ともいえない奇麗な色合いをしていた。

すると、けたたましくサイレンの音が左手から聞こえてきた。パトカー数台が近づいてきた。
ホテルの前の道路に差し掛かると同時に鳴り止んだ。
車から警官が一斉に降りてきて、隣のホテル内へ消えていった。
まもなく後から消防隊の車が10数台やってきた。

何か事件があったようだ。
僕はしばらく様子を見ていたら、ホテルから出てきた警官がハンドスピーカーで、
廻りに向かって何か叫んでいる。

最初は聞き取れなかったが、「・・・危険です。急いで・・・・非難してください。」と呼びかけている。

すると、僕の部屋のドアを激しくノックする音が聞こえた。
ドアの向こうで「開けてください。いらしゃいますか?」と叫んでいる。
この様子はただ事ではないと思って「待って、今開けるから・・・」とドアを開けると慌てた様子のボーイが
「早く非難してください。隣のビルが大変なんです。」と言っている。

僕は急いで廊下に出て見るとケニーの家族も慌てた様子で廊下に出てきた。
ケニーは僕に「早く降りてください。避難の指示に従ってください。」といいながら部屋に戻ってしまった。
僕は誘導してくれるボーイの後からキャスリンと母親のスージーと一緒にエレベーターへ向かった。
ケニーのことが気になったが、立ち止まること無く走った。

オーナー専用エレベータに乗り込み「何があったの・・・」と聞くと詳しいことは知らないわ」と言いながら
「誰かが隣に爆弾を仕掛けたそうよ。」とスージーが言ってきた。
それじゃケニーはどうなるのと思ったが、二人はケニーを承知で非難する様子だ。
「ケニーは後から来るの」と聞くと
「来ないわ、あの人はどんな事があっても、このホテルからは逃げ出さないわ」とスージーが言ってきた。
僕にはその理由が、分からなかったが、1階へ着いた。ドアが開くとロビーはホテルの客と
誘導しているスッタフで ごった返しの状態だった。

外に出ると近所のホテルから非難する客で通りも混雑していた。

どうすれば良いのか分からなかったが、とにかくキャスリンの手をしっかり握っていた。
あっという間に群集の波に飲み込まれて行った。急に後ろから押された瞬間 背中に衝撃を感じ 倒されてしまった。

気付くと腹ばいになった状態で身動きできない。キャスリンの手も離れ声だけが聞こえてくる。
「どこ・・・・、何処にいるの・・・・・・」とキャスリンが振り返りながら僕を呼んでいる。
人々の流れは小走りで止まることなく進み続けている。
段々、声が遠ざかっていく。非難する人たちの雑踏に揉消されてしまう。

僕は必死で、「キャスリン・・・・・・」と声を出そうとしたが、非難する人たちの足が僕を踏ん付けて行く。
悲しいことに倒れた僕に気づいてくれる人がいない。僕は首も出せず、引っ込めた状態のまま声を出せない。

危険を感じた時の群集心理は自分のことが精一杯で他人にまで気が及ばない。
仕方ないことかもしれない・・・と、次から次へと踏まれながら甲羅の中で考えていた。
しばらくその状態が続いた。

やっと集団が途切れた。
頭を出してみると、集団の後方が小さく見える。
廻りは静まり、ウミネコが海岸縁を気持ちよく飛んでる様子がみえた。まもなく暗くなる。
振り返ると隣のホテルの前には赤色灯を派手に点滅している消防車とパトカーが並んで止まっている。
警官数人がホテルの前を通過している車を誘導していた。

パトロール中の警官が僕を見つけて、「どうしました・・・早く非難してください。」と言ってきた。
僕は立ち上がって「はい」と言って歩き出した。すると右足に痛みを感じた。
倒された時、捻挫したみたいだ。これでは歩けない。
「パトカーに乗ってください。安全地帯までお送りします。」と言われて、パトカーに乗った。
無線で「医療班を向けてくれ」と要請している。
右足の腫れと痛みが段々増してきた。

近くのホテルに着いた。
外から見える様子ではホテルの中は非難してきた人たちでいっぱいになっていた。ロビーも鮨詰め状態だ。
警官は僕を抱きかかえ、ホテルの中へ入った。しかし、僕が横になるスペースすら、確保できない程だ。
それでも、僕の様子を見た人たちが場所を空けてくれた。

医療班が入ってきて、僕の足首を持って右へ曲げ「痛みますか・・・」左へ曲げながら「これは、・・・」と聞いてきた。
「あっ!」と声を出しそうな位、痛かった。痛いことは知っているのに、なぜ更に曲げるんだ。
すると「ただの捻挫ですね。」と言ってきた。
僕はこんなに痛いのに、ただの・・・てどういう事だ。!!
すると湿布され包帯を巻き始めた。ミルミル包帯で右足が太く大きくなった。
甲羅の中には引っ込めることさえ出来ない太さになった。

「歩く時は、杖を使ってください。三日もすると腫れは退きます。」と言って渡してくれた。「お大事に」と言って帰った。

落ち着いてから、周りを見渡したが、キャスリンたちの姿は何処にも見当たらない。

避難者のためのホテルは、ここだけでは無さそうだ。


第4章へ 第4章 救出 / 第6章 再会 第6章へ
※ ご意見ご感想は
HOMEPAGE-TOP